リレー小説3
<Rel3.『青』13>

 

  アテネ北部

 

「あー・・・道迷ったか?」 
『青』が呟いた。
「あー・・・道迷ったか?」 
丁度まったく同じことを髭面のボロボロのスーツを着ている男も言った。
「あだっ!」 
「いでっ!」 
そして、お約束で正面衝突。 
「てめぇどこ見て歩いてやがる!」 
「前向いて歩いただけだ!そっちこそ何処に眼ぇつけてるんだ?」 
「あ゛ぁ!?」
見事に喧嘩が勃発した。お約束。
「ん?・・・へぇ、お前『青』か」
「それがどうした?手加減しねぇぜ俺は!」 
「手加減しねぇのはこっちだ。全力で行かせてもらうぞ!」
「…ったく、最近は何でこう絡んでくる奴が多いのやら……」 
1時間程バスに乗ってアテネ北部まで来、
又、2時間程度迷って其の場をうろうろしていた『青』が目指しているのは、 
SFES名簿にもあった前支配者管理職員アヤコ・シマダの住むマンションのみ…だった筈だ。 
アテネスラムでの追っ手達や、イオルコスに越した直後のデバガメ達、 
或る程度の小物が絡んで来る事は予想している。 
其れもこれも全て全国指名手配されていた頃や、 
第四次世界大戦時での活躍で英雄と看做された事によると思っていた。 
英雄を倒せば名が売れる…其の程度の考えしか持ち合わせていないチンピラ… 
其の辺りにしか、狙われる理由など思い付かない。 
この様な公衆の面前で事を荒げる様な輩は珍しいが、 
目の前に佇む髭面の男も、名を売ろうという手合いに違いないだろうと構えを取る。
だが、『青』の見立てを知ってか知らずか、 
髭面の男がニヤニヤしながら口を開く。
「ハン、何だ其の構え? 
 …確かお前…日本最強とかって呼ばれてるんだよな? 
 ………其れでンな隙だらけの構えなのか?」
一瞬、呆気に取られる『青』。 
名声を求めた者が相手であっても、こんな挑発をされたのは初めてだ。 
今まで『青』が戦ったチンピラ紛い達でも、 
自分達と英雄たる『青』との力の差は当然意識しており、 
『青』の力を見下す様な輩は1人も存在しなかった。 
併し眼の前のこの髭面男は、 
あろうことか其の『青』の構えを隙だらけとまで言い放った。 
あまりにも露骨な嘲笑に罠を警戒し、距離を取る『青』。
「はん…小心者だな。怖いのか?」
「うっせーヒゲ。俺の勝手だ。 
 つーかンな偉そうな事言って負けたら笑えるぜ」
「負ける? オレが? お前に? 
 其れこそ天地が引っ繰り返っても有り得ねぇさ」
手合わせした訳でもないのに完全に『青』を雑魚扱いにしている。 
激情に駆られ、突進しようとした其の時…
「止めなさい2人とも」
人の壁を割って入って来たのは帽子を被った黒尽くめの男… 
其の顔には『青』にも見覚えがあった。
「あ…!てめぇは、この前の!」 
そう。オリュンポスの遺跡で『青』達を襲った者達の1人で、 
見掛けによらぬ腕力でもって『青』を捻じ伏せた男… 
エドワードが説明したところの樹川であった。
「まあまあ落ち着いて。 
 こんな所でやり合う気はありませんよ。 
 ほら…色んな人達が注目していますし」
「オイオイオイオイ、オレを最終兵器にするんじゃなかったのかよ? 
 前支配者だかへの抑制にはオレっつー力が不可欠なんだろ? 
 だったら躊躇う理由なんざ何処にもねぇぞ」
「…ほら…目立つ事件は控えた方が良いですし」
不満露わに言う髭面男を何とか宥めようとする樹川。 
どうもこの髭面男も樹川の仲間らしい。 
だが『青』の関心は既にそんな所に無い。
「オイちょっと待て、お前。 
 今、前支配者って……」 
其処で言葉を切って人ごみの中を見やる『青』。 
其れに釣られてH・Fと髭面男も彼の視線を追う。
「……ほら…通報されちゃってますし」
SeventhTrumpet対能力者チーム『アークエンジェルズ』の御出座しだ。
執筆者…夜空屋様、is-lies
「お前達、何をしている!」 
「ホントだ…あれ英雄の『青』だ…マジ?」 
「危ないから一般市民の皆さんはお下がり下さい」 
慌てて其の場に駆け付けたアークエンジェルズの4人は、 
PR効果を期待したカラフルなコスチュームを着用しており、 
周囲から黄色い声援を浴びせ掛けられつつ『青』達の前へと来る。 
流石に英雄『青』も加わって街中で険悪な雰囲気になっているというと、 
其れなりに危険視されるものなのか…アークエンジェルズの出動は迅速だった。
「……はぁ、どうするんですか、こんなに目立って…。 
 兎も角、此処は去りますよ。さぁ…こっちへ来なさい」 
だが樹川はそんなアークエンジェルズも眼中に無いとばかりに、
『青』と対峙して微動だにしない髭面男へと手を伸ばす。
「…?おいお前達、何の話をしている」 
アークエンジェルズ代表格の黒人が問うも、見事に無視される。 
髭面男を睨んだまま『青』だけが「喧嘩だ手出し無用!」とだけ言い放つ。 
だが…
  パシン!
髭面男は差し出された樹川の手を、見もせずに引っ叩き、 
其の場の一同を鼻で笑ってみせる。 
「おいおい何だよ…どいつもこいつも肝っ玉の小せぇこったな。 
 この場の全員ブッ殺しちまえば良いんだろうが」
いきなりの不穏な一言…其の場が一斉にざわめく。 
無論、アークエンジェルズ、『青』、樹川ですら表情を強張らせる。
(コイツ…違う…!?)
対戦者の異質さに『青』は気付く。チンピラ紛いである筈が無い。 
大衆やSeventhTrumpetの部隊を前にしてこんな科白を吐く様な人間が。
「止めなさい。私が許しませんよ」
「お前の許可なんざ要らねぇ。 
 オレはオレのやりたい様にやらせて貰うぜ!」 
樹川の制止も聞かずに髭面男は禍々しい笑みを浮かべて見せる。 
同時に周囲が一層異様な気配に包み込まれた。
「フェイタル・ファーラー、サンクチュアリは下がれ! 
 アンビジョン、シェイクヘッド!髭面を押さえろ!」 
リーダーの黒人がアークエンジェルズへ指示を飛ばしつつ髭面男へと駆け出す。 
投げナイフを投擲し髭面男を牽制しつつ一気に迫る。
「はっ!うぜぇぞ雑魚が!」
そういうなり髭面の男は人差し指と中指の間でもって苦も無く空中の投げナイフを挟み取った。 
それは、ナイフを投げた黒人男を驚かせたが、同時に髭面も驚く事になる。 
掴んだナイフの内側から衝撃波、そしてそれによるしびれるような痛みが送り込またのだ。 
これでさらに周りの人並みが我先にと逃げる羊の群れとなる。
自分の武器でやられるってのはサイコーに屈辱的だろうと考え、
投げ返してやろうと掴んだナイフを、其れによって取り落としてしまった。
「へぇ、こいつは面白い能力だな。実用的じゃあないが・・・ 
 よし、ちょっと遊んでいこうじゃねぇか。お目付け役!手出しすんなよ。」
やけどした指をこすりこすり髭面の男が笑う。 
「おいおい、いい加減にしなさい!」
「いい加減にしないとどうなんだ? てめぇが俺をどうこうできるつもりか?へへ」
嘲笑する。
執筆者…is-lies、Mr.Universe様
「速やかに投降しろ、反抗すればより不利なことになるぞ」 
黒人の男は跳び込みざまに剣を抜き髭面の男に切りかかるが、ひらりひらりと回避される。 
手出しするなといわれた事も有り樹川は、青を睨みつける。 
一方の青は、どうしたものかと考えながらも皮膚の下で武器の準備をする。
「はは、あんたノーコンだな。3×3が9ストライク、3アウトで攻守交替だ!」 
避けるのに飽きたのか髭面の男は後ろ跳びに跳んで掌に魔法弾を生成しだした。
この位置で撃たれれば回避したとしても流れ玉がだれかに当るだろう。
「あん畜生、こんな街中でっ!アンビジョン!いまだ!」 
黒人男が叫んで一瞬、髭面男の横からいきなり網が“発生”し、絡めとる。
網に引き倒されてすっ転んだ髭面男の手から離れた魔法弾はあらぬ方向へと飛んで行き・・・あービルの一角を破壊する。 
「うっしゃ決まった!速やかに投降しな!その網は特殊金属製でちょっとやそっとじゃ切れねぇし、能力発動も阻害するんだぜ?」 
網で絡め取られた髭面の横の空間から勝ち誇った声。
その時、予知能力者であるブルース・セトは幻視した。
強烈な力の爆発によって吹っ飛ばされるウィル・リナイとデュオニス・デュミナイ。そして、いつもやっているとおりにした 
「危ない!伏せろ!!」
と叫んだのである。
果たして、その幻視は正しく
髭面の男はいかなる手段をもってか、能力発動の阻害する網の中で爆発を起こしたのであった。 
「ぐっ!!」 
溜まらず吹き飛ばされ、壁に叩きつけられるアークエンジェルズ。 
コードネーム『フェイタル・ファーラー』ことブルース・セトの叫びが無ければ、 
今頃は爆風の直撃を受け、ズタボロになっていた事だろう。 
しっかりと受身を取れていたのは日々の訓練の賜物だろうが、 
同時になまじ強かった為、彼等は敵の恐るべき力を痛感する事となった。
「馬鹿な……何故あの網の中で……ぐはっ!
倒れ附した黄色いスーツの男を踏み付け、ゲラゲラと嘲笑する髭面男。
「はーっはっは!ちょいと面白い手だったがなぁ… 
 生憎、このオレには通用しねぇなぁ、あんな玩具。 
 さて…片っ端から食わせて貰うぜ」 
髭面男から異様なオーラーが溢れ出して来た。 
其れは見ている者達に得体の知れない危機感を植え付ける。 
黄色いスーツの男が苦しそうな叫び声を…
「いやっはああああはああああああああああッ!!」 
横合いから得物と思しき鉄パイプを振り上げながら『青』が突撃を仕掛けて来る。 
其れを見て髭面男はバカにする様な笑みを漏らしつつも、 
絶妙の体捌きで上体を後方へ逸らし、紙一重で鉄パイプを躱す。
「はん…お前如きの考えなんざお見通…」
続く言葉は出なかった。 
回避した筈の鉄パイプがいきなり折れ曲がり、髭面男の喉を潰したのだ。 
勿論、『青』の持つ金属操作能力によるものであるが、 
そんな事は髭面男に解る筈も無かった。 
立ち直る隙を与えず、次々『青』の打撃が決まる。
「!……っ…何だよ、思ったよりもやるみてぇじゃねぇか。 
 時間掛けるとウザそうだし、さっさと痛めつけて食わせて貰う事に……」 
「生憎、おあずけです」
いつの間に忍び寄ったのだろうか。 
『青』との戦闘に集中していた髭面男は全く気付けなかった。 
髭面男の背後で立っていた樹川が呟くと同時に、 
まるで立ち竦んだ様に髭面男の体の動きが止まる。 
震えすら無い…いや、不敵な笑みを湛えた表情のまま、 
彼の時間だけが凍ったかの如く、髭面男は止まっていた。
「失礼しました。この人、喧嘩好きで・・・。それでは皆さん、See You Again!」 
そう言うや否や、髭面男の首を掴むと物凄いスピードで走り出した。 
かなり速い。大人一人を引っ張っているとは思えない。
「・・・ってちょっと待て!」 
『青』が二人の後を追いかける。こちらも物凄いスピードだ。 
あの帽子の男は前支配者を知っていると確信した。 
それにあの髭面男も…何か知っている、と思う。 
アークエンジェルズは四人のうち二人が追いかけてきた。 
残り二人は後始末、らしい。

 

 

「『青』!」 
聞いた叫び声に、樹川を追う足はそのままに振り向く『青』。
後ろから掛けて追ってくるのはイオルコスの店に居る筈のエドワードであった。
「さっきの少しだけ見たぞ!あれは樹川か?!
 其れとも樹川に雰囲気が似ている奴か!?」 
「はぁ?」 
「あいつに一発やられたんだ!やり返さなければ気がすまん!」 
「・・・・?」 
『青』には何だかよくわからないが、樹川に因縁をつけられたと解釈する事にした。
無論、『青』が出た直後にエドワードが樹川に雰囲気の似た男と出会っていたなど、彼が知る由も無い。
はるか前方には帽子男こと樹川と、髭面男。 
そして向かっている先は・・・
「オイオイ・・・この特徴的な通り…
 するとあのマンション……アヤコとかいう奴のマンションじゃねーか?」
ふと隣を見るとエドワードが眼を細めている。 
「あそこにいる女・・・翠羽?」 
『青』も眼を凝らすと、確かにマンションの階段を降りている金髪の女がいる。
執筆者…Mr.Universe様、is-lies、夜空屋様

この四階建てマンションの住人は全てSFES関係者だ。
樹川や骨の男、翠羽も利用している。見た目は普通のマンションだ。 
住民のほとんどは偽名を使っている。
樹川は「斎藤聖二」、骨の男は「アグノス・ベル」だ。翠羽は「李 竜蘭」だったと思う。 
翠羽は正確にはSFESではないのだが、住む所が無いので何故かアヤコと同居している。
曰くには「経費削減」のためらしい。する必要無いと思うが。 
彼女は今日一日、本屋に立ち寄って閉店まで立ち読みをするつもりだった。 
だった、のだがそれを樹川が思いっきり邪魔した。
骨の男を掴みながら物凄いスピードで走ってきた樹川がこう言ったのだ。 
「あー、まだついて来る…。翠羽さん、少し彼らとお相手してくれませんか?後でおごりますから!」 
「えっ・・・」 
こうして彼女の一日は脆くも崩れ去った。

 

二人はマンションに到着した。例のアークエンジェルズはどうやら撒けた様だ。
だが、 
「…そう簡単に行かしてくれそうにないな」 
目の前には金髪の少女。それと何匹もの動物。
「悪いけど、しばらく気絶するか、死んでくれない?」 
やはり物騒な言葉を吐いて、トンファーを構える。 
「共に行動したからといって容赦はしないぞ?」 
「つーか通らせろ」 
『青』とエドワードも身構えた。
執筆者…夜空屋様

ふと、窓の外を見て樹川は思った。
翠羽VS『青』&エドワード 
「明らかに翠羽さん、1対2で不利ですねぇ…。加勢に行くとしますか♪
 ねぇ?アヤコさん」
窓から眼を離して振り返った樹川の視界に入ったのは5人。 
台所で湯を沸かしているのは、この部屋の主であるところのアヤコ・シマダ。 
白い肌に赤い瞳が何処となくミステリアスな雰囲気を漂わせる女性である。 
他に、テーブルに座っている女性が4人。何人かは樹川も審問会で顔を見ている。
「………冗談。なら貴方はどうして此処まで逃げて来たのかしら?」 
アヤコが問う。 
無論、あのまま規定を破って戦闘を仕掛けるのは得策でなかったからだ。 
逃げている内に偶然、アヤコのマンションを発見して逃げ込んだだけである。 
翠羽は足止めとして利用したに過ぎず、其の足止めに態々加勢したりはしない。 
其れは樹川も十二分に理解している。 
即ち樹川がこの様な事を言った其の真意とは…
「ですが、あのままでは翠羽さん倒されちゃいますよ? 
 同居人として難じゃありませんか?」
「…貴方が仕向けたくせに…… 
 ……………油断のならない男ね」
あわよくば此処で『青』達と交戦させ、 
この、SFESから前支配者の管理を任されているという女の、 
未だベールに包まれた実力を把握しておき、 
隙あらば其の力も頂いておこうという魂胆… 
其れはアヤコに一瞬で見破られていた。
「んー、掛かってくれませんねェ。 
 中々どうして…やり難いものです」
「でも驚いたわよ?いきなり此処に転がり込んで来たんだから。 
 …これも構成員ファイルを盗んだおかげってトコかしら?」 
 まあ其れよりも…貴方達はさっさと帰ってくれる? 
 これから来客を持て成さないといけないのよ」 
焦りの欠片も見せず、7人分のティーカップを用意しながら言う。 
樹川が『青』達という騒動を持ち込んで来た事について、アヤコは一切触れない。 
『青』の登場が然も当然と言わんばかりの落ち着き具合である。 
寧ろ樹川達の方を煙たがっている様にすら見えるのが何とも苦笑を誘う。 
SFESの情報を奪取した事で樹川の信用というものは殆ど無くなっている。 
彼女にとってはそんな樹川も、『青』と同じ厄介事であり、 
自分の見ていないところで適当に潰しあってくれというのであろう。 
唯、来客というものが多少気に掛かったが、 
アヤコが放つ無言の圧力を受け、 
長く此処に居ても面白い事にはならないと判断する。
「此処から出ちゃうと私達、 
 まぁた『青』さんから逃げ出さなくちゃならなくなりますが…」 
苦笑いしつつ樹川は部屋を後にした。 
扉が閉まる音の余韻を聞き届けてからアヤコが呟く。
「……だから信用されないのよ。 
 ジークルーン、リト。魔力を…」
2人の助力を得、アヤコが呪文を詠唱する。 
即座に簡易結界が作動し、樹川の仕掛けた盗聴能力が消し飛ばされた。 
執筆者…夜空屋様、is-lies

「くっ……もう限界か……?」
召喚した獣達はエドワードによって片っ端から撃ち殺され、 
其の隙に『青』が猛スピードで切り込んでくる。 
必死になって召喚を続けてはいたが、最早『青』は眼と鼻の先。 
彼女は、樹川に足止めしてくれと言われただけであり、これに従う義務は無い。 
とはいえ翠羽を助け出してくれた恩人には違いなく、 
仕様が無いなと軽い気持ちで引き受けたのだ。 
併し、まさか敵がこれ程の強者であるとは想像を超えていた。 
幾ら恩人の頼みと言えど、命を捨てる程のものでも無い。 
限界を悟った翠羽は一端退こうとするが……
「やっぱり…マンション『ピュ・セーレーム』……間違いない。 
 するってーと…お前はアヤコ・シマダの護衛ってトコか?」 
其の『青』の一言に、翠羽がハッとする様に眼を開く。
「!………そうか…お前がアヤコ様の仰っていた客か」
「は?…何?……もしかして俺が来るって解ってた? 
 …………どーやって?」
「知らないな。まあ…あのアヤコ様だ… 
 あの御方が何を知っていてもおかしくはない」 
そう言うと翠羽は召喚していた獣達を全て消し、 
構えていたトンファーをくるくると回してコートへ収めた。 
戦意はもう無い。 
どうもアヤコ・シマダという女は、相当の信頼と実力があるらしい。
「ふぅん?まあ良いぜ。 
 客ってーんなら話し合う気があるって事だろ? 
 そっちの都合はどーでも良いが、簡単に行くならそりゃ其れで良いぜ」
「…口の減らない奴…… 
 ……付いて来なさい」 
くるりと振り向き、『青』達をマンション内へと導く翠羽。

 

其れを屋根から眺めていた樹川は、呆気に取られた様に口を開く。 
まさか曲がりなりにもSFESの住居に、 
部外者である『青』を連れ込むとは思わなかったからだ。
「おやおや…アヤコさんの言っていた客とは『青』さんの事でしたか… 
 ………はて………どんな話なのか興味があります……が」 
手元で未だに固まっている髭面男を見、次にアヤコの部屋の扉を見、 
樹川はやれやれと溜息を吐く。 
「…あの人怖そうですし、面倒事はゴメンですしね。 
 今はお仕事の方を優先するとしますか。んーでも…」
執筆者…is-lies

「もう私の事は知っているわよね? 
 アヤコ・シマダ。SFESから前支配者の管理を任されているわ」
「……聞きたい事があるんだ。 
 言っておくが嘘は吐くなよ?」 
出された紅茶を啜りながら『青』がアヤコに睨みを効かす。 
其の全身から迸る威圧の為の殺気を受け、 
其の場に控える翠羽等護衛陣が一層表情を険しくするが…
「勿論。でも其れだけじゃ話す気にもならないわね。 
 …………お互いに良い仲で居たいとは思わないかしら?」
「…何だよ……条件?」 
アヤコの言葉の意味を理解して即座に聞き返す。 
少し前の『青』と比べれば格段の進歩といえる。
「………たとえ何があっても私達に害を及ぼすような事をしない。 
 決して私達の事を…これから話す事を口外しない」
お互いに良い仲で…と言いつつも余りに慎ましい条件。 
この条件が『青』を恐れているからでない事は明々白々。 
此処に至るまでのやり取りを考えれば、 
寧ろアヤコ達は『青』への協力(或いはSFESへの打撃)を願っている様にも見える。
「……ああ。俺は前支配者に用があるんだ。 
 お前達SFESは…気に食わねぇけど、まあ見逃してやる」
「……『青』がそう言うなら……な」 
SFESに対して良い想い出の無いエドワードも、 
この件に関して、自分が口出し出来る位置に無いと理解していた。
「…良いわ。質問なさい」
「前支配者は今、何処に居る?」
「SFES本部の研究施設SFELの前支配者研究室」
「前支配者に会わせてくれないか?」
「生憎だけれど、外部の人間を連れ込む権限は私に無いわ。 
 其れに会っても無駄よ」
「……封印されたからか?」
其れまで優雅に紅茶を飲みつつ、てきぱきと返事をしていたアヤコが、 
『青』の其の発言に初めて…ほんの僅かではあるが眼の色を変える。
「…良く知っているのね。誰から聞いたのかしら?」
「言う必要あるか?」
「…そうね。でも用心した方が良いわよ? 
 そんな情報を知ってるなら其れ、SFESに余程近しい人間だから」
今度は『青』が眼の色を変える番だった。 
この情報はデルキュリオスから齎されたもの… 
考えた事も無かったが、確かに不審なものである。 
一体何処から…どうやってデルキュリオスはこんな情報を仕入れたのか。 
其れ以上考えたくないとばかりに『青』は早々に其の話題を打ち切る。 
「………そうかよ。まあ精々注意しておく事にするぜ。 
 …で封印つーたか?前支配者には全く手出し出来ないのか?」
「いいえ。前支配者は全ての力を封じて小さなカプセルに封入しているわ。 
 普通に切ったり割ったりすれば前支配者の封印は解けるけど、 
 或る種の術士が使う魂魄封滅の魔法や一定の能力を用いれば… 
 カプセルごと前支配者を安全に葬り去る事が出来る事でしょうね」
「……其の術とか能力だかってのは誰が使えるんだ?」
「…そうね…結構多いわ。有名な所ならベルトンのベイルス家、 
 日本なら高宮家と敷往路家ね。廃れたけれど灰谷家も中々みたい。 
 後は……ドイツに…いいえ、この程度かしらね。 
 他にも其れなりに整った魔導設備があれば…」
「敷往路……か……。 
 知りたい事は大体解った。そんじゃ長居したな」 
もう聞く事は無いと『青』は席を立つが、 
エドワードの方はまだアヤコに何かあるのか座ったままだ。
「何故お前はそうも軽々と口を開く? 
 これからコイツが前支配者を殺すかも知れないんだぞ?」
「……SFESの全員が前支配者を利用する事に賛成している訳じゃない… 
 ……………とどのつまりはそういう事よ」
執筆者…is-lies

『青』とエドワードが出て行った後、しばらく部屋の中に静寂が訪れた。 
一瞬だった。ほんの一瞬だけの余韻があった。 
その余韻の後、その場にいた全員の眼が窓の外を見た。 
全員を代表して、アヤコが殺気のこもった声を発した。 
「出てきなさい、キガワ」
「げっ!バレた!…おっかしーな…気配は隠したはずなんですが…というわけで!皆さんごきげんよu」 
逃げかけた樹川に何処からともなく巨大な鉄の塊(御丁寧に10tと書いてある)が与えられた。 
どうやら盗み聞きしていたらしい。 
翠羽とリトが窓の下を覗き込む。
ところが、そこにいたのはよれよれの黒いスーツを着た髭面の男だった。 
「…ってオイ!何だこの不意打ち?テメェ何考えて……ん?」 
鉄の塊を破壊しながら起き上がり、辺りを見回す。 
「…ここ何処だ?」 
丁度硬直が終わったらしい。

 

 

「見つけたぞ…」 
アヤコのマンションから逃げてきた樹川を待っていたのは、 
赤い眼の、樹川と瓜二つの男だった。
「…セ、セージ!?何で…!?」 
「今一度聞く。…何故あんなことを?何故母さんをあんな目にあわせた?」 
樹川に問うその男は、
まさしくエドワードを吹き飛ばした男だった。 
その男はさらに強く問うた。
「何故母さんを『八姉妹』とかいうモノにして、そして…殺したんだ!?答えろ、兄貴!!」 
「母さん? 
 ふ、妹の次は母親ときたか、やれやれ…」
「質問にこたえろォォォ!!!」
赤い目の男は兄と呼んだ樹川に殴りかかった。 
いや、殴りかかったというそんな生易しい攻撃ではない。まともに当れば致死の一撃だった。 
樹川はその攻撃を往なし、受け流された衝撃が空の雲を裂く。 
周囲の誰の目にも留まらぬ一瞬の攻防――― 
有効打を浴びせたのは、兄と呼ばれた樹川の方だった。
「クソォ… 
 兄貴…お前は、そうやって母さんを殺して、俺も殺すのか……?」
「セージ、ジュブナイルAを抜けるんだ。 
 僕の弟なら、そんな呪縛に惑わされるな」
「俺は惑わされてなどいない!!」
赤い眼の男が放った攻撃は、今度は樹川だけでなく周囲にも向けられた。 
突然の爆裂と悲鳴。 
周囲のパニックに紛れ、樹川の一瞬の隙を衝き、赤い眼の男は姿を消してしまった。
(…今のジュブナイルAは形骸に過ぎない… 
  だが、嘗ての呪縛は今も尚… 
  まったく、ピエロだよ…僕も、お前も… 
  早く、『闇』を……………)」<Rel3.ao10:7>
執筆者…夜空屋様、Gawie様

アヤコの鉄槌から死のもの狂いで逃げ出したその男は、
まだ苛立つ心を抑え、物騒な呪詛を唱えながら街の大通りを歩いていた。
大通りは人通りも多いのだが、彼の周りに人通りは無い。
それはそうだ。
「何処行きやがったあのヘラヘラ野郎…」とか
「見つけたら絶対半殺しだ…上段回し蹴りで半殺しだ…」とか吐きながら殺気を放つ男に
自分から近づく奴はそうはいない。
いや、いた。
「こんにちは骨さん♪機嫌は直りましだげほおぉっ!!」
陽気な口調で話し掛けた樹川の顔面に、男の上段回し蹴りが炸裂していた。
「その程度で許したんだ。感謝しろ」
物凄い形相で、上段回し蹴りを顔面にモロに受けた男を睨んだ。
「よかった、機嫌直したんですね?」
「一割だけな(機嫌直すのと許すのが)。
 …で、なんで俺にあの女のアレを受けさせた?最悪の目覚めだったんだが」
男は声に殺気を込めて言った。が、樹川は笑顔でさらっ、と返した。
「ええ、実は貴方にやった硬直能力、僕以外の誰かによる強烈な攻撃を受けないと解除されないんです♪
 あ、ちなみに僕が逃げたのはその場にいたら絶対殺されると…」
言い終わる前に、男の踵落としが脳天に直撃していた。
樹川が気絶したことを確認すると、男は踵を返して歩き出した。
そして気絶したと見せかけた樹川は「仕事ですからね」と呟いて起き上がった。が、
途端に警察らしき男に手錠をかけられた。
「え?え?ちょっとちょっと!」
「器物損壊で逮捕する!」
「えぇ!?壊したのは僕じゃn」
「問答無用!」
「うわなんて警官…」
「なにぃ?!侮辱罪で死刑にするぞ!?」
「そんな刑法あるわけないでしょ!しかも死刑!?…とにかく僕は急いでるので!」
警官を一撃で気絶させると、人ごみの向こうにいるハズの骨の男を探した。
「…あ〜あ、見失ったか…仕方ない、ライズさんの千里眼で…」
「キミ!ワタシの映画に出演しないかい!?ギャラは弾むよ!」
今度は後ろからどこぞの映画監督(?)に声をかけられた。
「へ?」
「今のキミの動きを見たよ!その動き、何かの武術をたしなんでいるのかい!?」
「…いえ、弟がやってるのを真似しただけで、あとは自己流…」
「何ぃっ!ならばキミ、ぜひその弟クンの住所を教えてくれたまえ!あとついでにやってる武術を!」
「いえ、弟も自己流…それに弟の住所無いし…今精神的に不安定だし…」
樹川の返答も全て自分で解釈しながら監督は目が燃えた。
「いいねぇ!主人公は記憶喪失の拳法家!自分の過去と現在に悩みながら悪の組織と戦う…いいねぇ!」
いや、樹川弟は記憶喪失ではないぞ。
「キミ!ぜひその弟クンと連絡をとって…アレ?」
もうすでに樹川兄は何処かに行っていた。
執筆者…夜空屋様

 

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