リレー小説2
<Rel2.敷往路家1>
明かりの灯らない部屋。 障子から射し込む紅い夕日に照らされ、床に幾つものシルエットが浮かび上がる。 其れ等は微動だにせず、不気味な影を形成しており、 夕日のオレンジ色も混ざり合い、 純和室の其の部屋を、巨獣の体内の如きグロテスクな様相に映し出していた。
やがて、壁に凭れ掛かっていた影がピクリと動き出す。
「………ッ………」
厳つい髭を蓄えた老人であった。 今まで気を失っていたのか、呆然と周囲と見渡す。 身体を動かす度に、パリパリと音を立てて全身から何かが崩れ落ちた。 夕日の色で誤魔化されているとはいえ、匂いは誤魔化せない。 何より全身にこびり付いた粘着性の高い液体…であったものが、老人に全てを悟らせたのであった。
「やれやれ…ワシも老いたか……」
虚ろな目で老人は天井を見詰め続ける。
執筆者…is-lies
一時間前…
障子越しに近付く影が見える。
「…御館様。……御食事を…御持ち致しました」
「おお、そうか。ちょっと待て」
給仕の声を聞き、見ていた小説に栞を挟む老人。 時の権力者達に仕えて来た式神使いの一族『敷往路家』当主、 『敷往路進(しきおうじすすむ)』は傍に置いてあった薙刀を手に取り、 障子から透けて見える給仕の声をした者…異形の影へと対峙する。 そして障子が開いたと共に飛び出して来た異形を薙刀一刀の元に切り伏せる。 一秒足らずの出来事であった。
「賊か……ん?」
「流石ね〜」
開いた障子から見える庭に、1人の女性が佇んでいる。 長身の大女であり、やけにビシっとした白いスーツにロングスカート、 伸びに伸びた、赤毛交じりの黒い長髪を、羽を模した髪飾りで 半分纏めているものの、 左目が隠れている上、小さな丸サングラス迄掛けていた。 そして片手でキャスター付きトランクの取っ手を握っている。
執筆者…is-lies
「何者だ?」
「クスクス、強盗で〜す」
ふてぶてしく言い放ちながら口の両端をだらしなく歪める大女を、真剣な眼でキッと睨み付ける進。 だが、何故にこう易々と侵入を許したのだ?
「誰か居るか!?賊だ!」
「無駄無駄。この館で生きてる人間はアンタだけよ〜」
答えは単純だった。先程、彼女が言った様…彼女は『強盗』なのだ。忍び込んだ訳ではない。 そして今の言葉が示す状況…… 当然の如く、進は「そう」受け取って怒りに震えた。 …この時点で彼は大女に負けていたのかも知れない。
「…貴様ァ…何が望みだ!?」
ズレた丸サングラスの位置を人差し指で直す大女。 一瞬、大女の右眼が見えた。其の一瞬だが途轍もない殺気を感じ、 半ば反射的に身構える敷往路進。
「んー、『敷往路薙刀』。アンタの持ってる其れよ〜 名匠『ナガミツ』が生み出し、更に『千早振りの紋様』の力で 代々、数多の権力者達を陰で支えた敷往路家の家宝。 其の刀身には封印能力があり、能力を封印する…其れが欲しいの」
「ならば力尽くで奪ってみろ!『強盗』!!」
薙刀を振るう進。其の刀身から小さな炎の精霊と水の精霊が飛び出し、大女に向かう。 だが大女はスッと両腕を突き出し、二体の小精霊の頭を掴んで、握り潰す。
「アタシも最初から其の積りよ〜」
だが、言いながら大女は動く様子を見せない。 進が遠距離から放つ精霊を素手で容易に潰してはいるが 自身は一歩も動かない。明らかに罠を張っている。
執筆者…is-lies
「うぐ……御館様……っ…」
そんな時、廊下の奥から、従者の1人が 床に血を塗りながら腹這いになって近付いて来た。
「あらー?生きてたの〜?」
「大丈夫か!?」
慌てて従者に近付く進。だが…
「こ…来ないで下さいッ!!…ガッ!?」
叫ぶと同時に従者の体から異形の腕が飛び出し、進の首を絞める。
「なッ!?」
「お…御館様!私を殺しテくダ…がァ」
従者の体が歪に変形し膨れ上がり、あっと言う間にオーガへと変貌した。 既に元の従者の原型を残していない。
「ゴロジテ……オヤガダザマァ!」
「クスクス。言った筈よ〜。 この館に生きてる『人間』はアンタだけだって。クスクス」
「ぐ…ぬゥ…!」
オーガの腕を、精霊を宿した手で剥がそうとする進。 しかしオーガの腕は離れず、しっかりと進の腕に張り付いて離れない。
「クスクス。何してんの〜?アンタの実力ならそんなの一発で殺せちゃうでしょ〜」
「くっ・・・すまん。許せ!」
進はオーガに向かって薙刀を振った。 オーガの胴体は真っ二つに裂ける。絶叫を上げながら崩れ落ちる異形。
執筆者…is-lies、鋭殻様
「……貴様ァ!」
罠があろうと構いはしない。 怒りに身を焦がした進が、大女に薙刀を構えて突進する。
「!??」
…が、急に足が動かなくなり無様に転ぶ。 何だと思って足を見ると、 地面から生えて来た無数の人の腕が、進の足首を捕まえていた。
「何ィ!?」
「ぜーんぶ、アンタの従者達よ〜 其れは土と、さっきのはオーガと『合成』したのよ〜」
丸サングラス越しでも其の凶悪な眼の色は隠せない。 目の前に居る相手が今迄に戦った事の無い特殊なタイプの敵と判断する敷往路進。
「『合成』?…能力者か!?」
掌から放った大火精霊が一直線に大女へと向かう。 何の事はないとでも言う様に突き出した右腕で、迫る精霊を掴もうとする長髪の大女。 併し、進の放った其れは、大女に掴まれる直前で爆発する。 自爆用の精霊だったのだ。 大女の右腕が消し飛ぶ。
執筆者…is-lies
だが、大女は苦痛の呻きも、苦悶の表情も出さない。 其れどころか、消し飛んだ右腕を見てすらいない。
「酷いわね〜」
まるで他人事の様に…其れこそ煎餅を齧りながらTVのニュースで流れる大惨事を眺めている様に… 其処で、やっと進は気付いた。 他人事の様に…ではない。 他人事なのだ。
「今の右腕も、アタシと合わせた従者v 痛みもそっちが引き受けてくれるわ〜」
大女の腕の切り口が見知った従者の顔へと変化する。 自分に助けを求め、苦痛に歪んだ顔が…… 進が放心している間に、大女の腕が再生する。 一歩、又一歩近付いて来る長髪の大女。
「何々?もう放心? ちょっと従者、殺しただけじゃん♪」
漸く解った。この女の最大の武器は、 人間の精神を揺さ振る狡猾さと残虐さなのだ。
「…壊れた?つまんなーい …………死んじゃえ」
大女がくるりと踵を返したと同時に、進の身体が地面の腕を引き千切って後ろへと吹き飛ぶ。 あまりの破壊力に痛みすら感じる事が出来なかった。 異形や従者の血に塗れた部屋の壁に叩き付けられる進。 気を失う前に彼が見たのは…尻尾の生えた大女の姿だった。
執筆者…is-lies