さんぷる

 

  ギリシャ北部、ロドピ山脈。
  地下要塞『ハーデース』、指令所。

 

旧世紀から北方からの侵略者を防ぐ砦であったロドピ山脈の地下要塞ハーデースは、
ギリシャ能力者特殊部隊『聖ント』及び指揮官『アテナ』の失踪により、S-TAに占領され、
彼等の南欧拠点として非能力者軍を悩ませていたが、
フランスの能力者部隊『コロキント・ピラート』と、
ロシアの能力者試験部隊『プラウダ』の獅子奮迅の活躍によって
新生国連軍は地下要塞ハーデースの奪還に成功。
今は各国の精鋭達が駐屯して南のS-TA領ギリシャに睨みを利かせていた。

「成功だ」

地下基地の司令室が一斉に湧き上がり歓喜の声が響き渡る。
モニターには茫々と展望を見せるエーゲ海。
苦悶の悲鳴のような金切り声を上げて海中へと没したのは、
エーゲ海域の制海権と制空権を一手に握っていたファスティカトロン級要塞艦エウリュメドーンだ。
ギリシャがS-TAに支配されてからは、非能力者に向けた攻撃を繰り返し、
東方のオスマン・ルキア帝国を降伏させ、中央アジア方面にS-TAが進出する橋頭堡を築き上げた。
が、其れも此処まで。
1km近いメガフロートの如き艦体は大きく2つに裂けて沈み続け、
あぶくのヴェールを翻しながら海底と抱擁して永遠の愛を誓い合い、
其の結晶として子宝に恵まれる事になるだろう。漁礁としてだ。

「流石はプラウダ……」

水中から少数で侵入しエウリュメドーンを無力化する。
言葉で言ってみせるだけなら容易いが、実際行動出来るかと言えば正気の沙汰ではない。
無支援、僅かな人員、貧弱な装備で敵の要塞に潜り込み、
ほぼ現地調達で弾薬を賄い、要塞落としを実現するなど、真っ当な発想な訳がない。
アメリカ合衆国の伝説的な兵士『ヌネーク』でさえも匙でダーツを始めるだろう。
だが其れくらいでもなければ任せられない。
非能力者陣営は、自分達の側についた能力者の真意を測りかねていた。スパイを疑っていた。
ロシアの能力者試験部隊プラウダに其の任務が下された時、
彼等と共に戦場を渡り歩いた新生国連軍の兵士達は即座に不満の声を上げた。
其れほどまでの信頼を勝ち取っていながら、上に立つ者達はプラウダ部隊に対して更なる忠心を求めた。
……S-TAによる謎の攻撃について、
日本の魔法研究機関である魔法学院が調査した結果、
『国内で能力者による手引きが行われ、転送基地のようなものを密かに設置されている』可能性が高いという。
詰まり、国内の能力者達の一部が工作員化しているという事だ。
隣人である能力者がテロリストになっているかも知れない。
其の恐怖はイギリスの壊滅によって最高潮に達していたのだ。
よって其の忠誠心が本物であるかどうかを見極めねばならない。
S-TAに深刻な打撃を与える作戦を、彼等だけで成し遂げられるかどうか、
後方で待機していた新生国連軍には、
寧ろプラウダ部隊が反逆した場合を想定した任務が与えられていた。
そんな前門のエウリュメドーン、後門の新生国連軍といった状況の中、
正にプラウダ部隊は其の赤心を示してみせた。

沈没するエウリュメドーンの真上に、3機の垂直離着陸機。
プラウダ部隊がエウリュメドーン内部で調達した脱出手段であり、
其の内部に、参加した少数精鋭の全員が誰一人欠ける事無く揃って寛いでいた。
彼等一騎当千の猛者共を従える隊長…『ニコライ・テネブラーニン』は、
副長ミハイルが差し出した葉巻を口にしながら基地との通信に応じている。

《御覧の通りですよ、シュネイケ・ナクラト大統領。ユミル・クリプトン中将。
 我が部隊は如何なる敵にも屈さず、
 また如何なる任務も忠実かつ迅速に遂行して見せましょう。
 ご命令とあらば……このままギリシャ首都奪還も果たしてご覧に入れますが?》

「……全く、脱帽だな。
 君達は完璧に……いや、完璧以上に任務を果たしてくれた」

後にアメリカ合衆国大統領になるユミル・クリプトン中将が労う。
能力者運用に異を唱えていた反・能力者主義の強い彼も、
今回のプラウダ部隊の功績は素直に認めざるを得なかった。

《素晴らしい! これならギリシャ奪還は約束されたも同然だ!》
《しかも友軍の損失はゼロだ! 圧倒的ではないか!》
《ふふ……驚きましたかな?
 これが我等に勝利を齎す者達。
 勝利……我等の勝利ナシャ・パベーダです!》

ホログラフで表示された各国の代表達は興奮した様子で、ロシア大統領はドヤ顔、
現アメリカ大統領のシュネイケ・ナクラトも感無量と言った表情で勝利の美酒を味わう。
だが一人、安堵と共に不快感も表情筋に刻み込み、苦汁を啜る者がいた。
欧州委員長クリスである。

《……》

プラウダ部隊が無事であったのは何よりだ。
だが、そんな危険な状況に放り込んだのはそもそも新生国連軍……非能力者達だ。
スパイの存在を恐れる彼等側の言い分も解らない訳ではないが、
だからといって、みすみす死地に赴かせるような任務を与える其の残酷さ、
そして掌を返したかのような厚顔さ、早くも先の運用について話し合う傲慢さ、
其の全てがクリスの癇に障り、このような喜ばしい席でも苛立ちを覚えてしまう。
能力者と非能力者の融和……
アデルは其れを夢物語に過ぎないと一蹴した、
クリスは非能力者を中から変えるべく尽力した積りだが、
此処に来てアデルの言葉が頻繁に脳裏をよぎる。

「(……大丈夫だ。ニコライ君の活躍で能力者は認められる。
  戦争さえ終われば皆が安穏としていられる……!)
執筆者…is-lies

  ギリシャ北部、ロドピ山脈。
  地下要塞『ハーデース』地上部ゲート前、特設宴会場。

 

要塞に帰還し一通りの歓待を終えた実験部隊プラウダには、ささやかな祝いの席が用意されていた。
一流とまでは言えないもののレーションよりは遥かにマシな料理と、
ロシア大統領よりロシア精鋭部隊としての待遇及び、部隊名『ナシャ・パベーダ』、
そして、特に際立った活躍を果たした者には、
嘗て地中海世界で恐れられたローマの百人隊長『センチュリオン』の称号が与えられた。
能力者に対して過激な弾圧を加えて来たロシアという国に於いて、この扱いは決して軽くはない。
プラウダ部隊の結成は6年以上も前になるが、其の前からも彼等の尋常ではない力はロシア上層部に注目されており、
此度の大戦で漸く御披露目……各国の度肝を抜いてロシアの優位を示してみせた。

だが、クリス欧州委員長が期待したよう融和の一手にもなるであろう其れにさえ、
ニコライ隊長は眉一つ動かしはせず、モニター越しに喜色満面のロシア大統領に敬礼を返したのみ。
……彼には解っているのだろう。融和の道などありはしないと。
国家、言語、人種、性別、部族、髪の色、肌の色、体力、財力、知力、コミュ力、顔面偏差値……
人が人を排斥する理由は幾つも、星の数程もあり、併し其の全てが撲滅される事無く尚健在。
其の差別グループ新入り『異能』が加わっただけに過ぎない。
人類が世界大戦まで起こしてみせた騒乱の末、問題は一切何も解決せずに残る。
世界が変わった。人の力では変えられない。
よって人は常に、世界に適応する側となる。適者生存。適応しなければ生き残れない。
此度の戦争も、軋轢を生み出し衝突する人間が大凡排除されれば自然と治まる。
其れを以てして融和と呼べるのならば、そうなのかも知れない。
諸問題を撲滅するのではなく、所与のものとして受け入れる……
そういった度量……或いは諦観を万民が持ち得るのであればだ。

「ニコライ隊長殿、やはり貴方は本物だ!
 貴方程、戦場を緻密に計算し尽す指揮官はこれまで見た事もない!」

さっきまでプラウダ部隊、今はナシャ・パベーダの一員であるビルクレイダ隊員が、
空っぽになったビールジョッキ片手に快哉を叫ぶ。

「何、君の活躍も大したものだ。
 ペリボイア司令官を救出した際の手腕は素直に脱帽したよ」

「恐縮です!」

地下要塞ハーデースの地上部にあるゲート前に用意された長テーブルには、
調理上手な新生国連軍の兵達が拵えたロシア料理の数々と一部ギリシャ料理が並べられ、
バイキング形式でナシャ・パベーダを持て成していた。
ロシア大統領ソゴトフこそ不在なれど、其の場で祝杯を挙げる面子は錚々たるものだ。

センチュリオンの称号を得た猛者中の猛者。
ロシア最強の戦士ニコライ・テネブラーニン隊長。
ニコライの左腕と呼ばれる知将であり、ロシアを代表する資産家でもある、ミハイル・ルーチェフ副長。
今は亡きイギリスの研究機関『ティル・ナ・ノーグ』の人工超人、レゼフェイ・ヘイドナーン隊員。
鋼の猟犬、ヴィルフレート・ヘルムート・エックハルト隊員。
白銀の戦鬼、ルージェント・ラスパーニュ隊員。
ゲリラ戦のエキスパート、ビルクレイダ・ヘクトケール隊員。
妻と共にロシア軍人となっているゼクラニル・フェズキヤ隊員。
氷雪の猛犬、ウラジミール・アルマゾフ隊員。
その養子である血塗れの狂犬、ルプルーザ・マサクレフ隊員。
我道自在、ユヴァヤ・ギヤン隊員。
破城の剛鎚、ジェスケン・リュクトフ隊員。
……センチュリオンが11名。
技術顧問であり本名不詳の天才マッドサイエンティスト、ドクトル・ベッポ。
其の助手にして神童、フィヴェルト・キリウ。
後はセンチュリオンに届かなかった隊員達が多数。
其れでも周辺国家の兵など歯牙にもかけない程の力量があるのは流石と言ったところだ。

又、ドクトル・ベッポやキリウを支援している、
ロシア研究学園都市ノヴォシビルスキー・アカデムゴロドクの長であるガマユン学長といった、
ナシャ・パベーダ後援者達の姿もちらほらと見て取れた。

「……」

センチュリオンの称号を得た精兵の一人であり、
鋼の猟犬という異名を持つヴィルフレート・ヘルムート・エックハルトは、
直ぐ傍で自慢げに研究内容を語るガマユン学長を無視し、
静かに飲りたいとばかりにブランデーの瓶を片手に其の場を後にした。
溜息ひとつ漏らさず緘黙。
周囲の熱から明らかに浮き、ただ無表情に歩みを進める其の様は、
陰気と言うよりは剣呑な殺気さえ見え隠れさせており、
同じく対人関係が円滑に行えるとは言えないルプルーザよりも尚、近寄り難い空気を醸成している。

会場の中心となっているテーブルから、やや離れた一画、
幌の付いたトラックの荷台に腰掛け、豪快に瓶を呷る。
其れは、胸からせぐり上げて来る何かを無理矢理押し込むような、
爽快さとは無縁の、自暴自棄の其れに近い荒々しくも迷いを感じさせる飲み方だった。

「複雑そうだね、ヴィルフレート君」

盛大にブランデーを噴き出すヴィルフレート。
荷台の荷物の陰から唐突に呟いたニコライ隊長は平然とした顔で、
嘔吐きそうな勢いで咳き込むヴィルフレートに、つと接近。
彼の隣へと腰を下ろした。

「無理もない」

「……ぞ、ぞうい゛ぅ!
 ヴぁっ……ヴぁけ……ごほっ! わ、訳では……」

口元を拭い、途中で難解な言語になりつつ何とか返事をするヴィルフレートだが、
其の脳裏には、先のロシア大統領の言葉がエコーしていた。
ナシャ・パベーダという命名と共に、センチュリオンの称号が与えられた場に於いて、
大統領がヴィルフレートを表彰した際に放った次の一言……

《そして、6年前……
 病の為、この世を去ったアンネリーゼ君にもセンチュリオンの称号を与える》

アンネリーゼ……
其れは実験部隊プラウダの設立に尽力した女性。
実力以上に、能力者を非能力者の為の実験動物か何かとしか見ていなかったロシアに対し、
粘り強く交渉し、能力者の実験部隊設立を約束させ、
結果的に今日のナシャ・パベーダの栄光を齎す切っ掛けとなった女。
そして副長ミハイルの妻であり……ヴィルフレートの妹であった。

「嬉しくないといえば……嘘になります。
 あいつが成した流れが祖国に認められた……
 大統領直々に賀して頂けた。
 ……至極光栄です」

そう呟くヴィルフレートは成程、鋼の猟犬そのものだった。
鍛え抜かれた精悍なドーベルマンを人の鋳型に詰め込んだような逞しさと、
先の惑乱から早くも立ち直り、まるでそんな事など無かったかのような巖の……いや、鋼のかんばせ。
こうなった彼から何か情動を見出すのは極めて難しいだろう。
ニコライ隊長は兎も角として。

「だが、其の尽力があったからこそ、尽力してしまったからこそ、
 ……彼女だけが此処にいない……そう考えているのかね?」

短くもない沈黙の後、ヴィルフレートは静かにかぶりを振る。

「……我々は軍人です。私情を挟む立場にはありません」

「君は嘘が下手だな。もっと正直になり給え。下手な嘘程見苦しいものもない。
 其れと、軍人などという生物は存在しないよ。
 ただ軍人という立場があり、其の立場にある一人の人間があるだけだ。
 そして人間は決して私情を抜きには成り立たないし、其処まで単純にもなりきれはしない」

「……ミハイルの奴……っと、ミハイル副長ならまだしも、
 ニコライ隊長がそう仰るとは……正直なところ意外です」

其れは軍人として首肯しかねる意見だった。
ナシャ・パベーダに必要なのは凜乎たる決意と、命令を遂行する為の能力、
そして己の分を弁える忠犬の心意気ではないのか。
だが其の問い掛けに、ニコライ隊長は焦らすかのように問い掛けで返す。

「ふむ、ガマユン学長から話を聞いたかい?」

しかも関連付けて考えられないような話題だ。
この遠回しに過ぎるやり口は、彼の子供のような一面を象徴する悪癖でもあった。

「いえ、何か喋っていたような気はしましたが……上の空でして」

「何でも能力者反応が陽性の胎児を対象に洗脳胎教する事で、
 高い知能や素質を持った赤ん坊超能力兵士なるものを量産できるかも知れないという話だよ」

耳にしただけで身の毛も弥立つような汚らわしい話だ。聞かなかったのは正解だったようだ。
こんな人道に悖る者がロシアの最重要結晶研究施設の長だというのだから、やりきれない。
人格と能力は完全に分けて考えなければならないとは聞かされていたが、
其れでもガマユンの如き外道を許容できるような懐は、生憎ヴィルフレートには存在しない。
……併し、其れが何だというのか。
そう問い返そうとするよりも先に、ニコライ隊長は次なる問い掛けを行った。

「S-TAの北欧方面軍に『ドヴェルグ』という部隊がいるのを知っているかね?」

「……確か。能力者の精鋭部隊だとか。
 中には各国の軍隊から離反した連中や傭兵が多く含まれているとも」

「今は其の指揮官クラスに収まっている……『モートなんとか』というのと以前、一戦交えた事があってね。
 あれは多分、カルナヴァルの信徒じゃないかな?
 私情を挟まず、黙々と死体の山を築き上げ、
 より効率的に最小の労力で可能な限り多くの人間を安全かつ迅速に殺す事を日夜考えている……そんな感じの奴だ」

人口爆発によって引き起こされた人類混乱期の反動なのか、
人間はもっと減るべきだと考える人間が一定数存在する。
中には、ン秒間に増加していく世界人口の間引きを真剣に考える手合いもおり、
せっせと人間を殺して人口の管理統制をすべきだとして、
『殺す事そのものを目的として』テロを起こす度し難い阿呆達が極少数ながらも、
この同じ世界の同じ空の下で同じ空気を吸って活動中ときた。
『或る種の人間』は、この阿呆達を『カルナヴァルの信徒』と呼称している。
マハコラの前身となった秘密結社カルナヴァルからのネーミングだ。

「ニコライ隊長、
 そのガマユン学長だのドヴェルグの阿呆だのが、何だと仰るのですか?
 我々は……」

「理想的な兵士ではある。
 ガマユン学長の研究も、『モートなんとか』も、
 戦場に於いては理想形の一種である事は疑いようがない。
 我が国の大統領殿は、このナシャ・パベーダにそういった理想形を求めている」

戦いとはそもそもが人道主義的な理想論と相反する。
戦争に従事する兵士についても同様。
戦争行為に於ける美辞麗句は悉く、自国の方を向いている。
『愛する者を守る為に戦う』『国の平和の為に戦う』、
よって敵国から愛する者を奪う。敵国の平和を奪う。
効率的な勝利の為、効率的な虐殺が推奨される。
だからロシア大統領がナシャ・パベーダにも、そういった兵士の理想を求めたところで、
国家の長として何も間違った事はない。寧ろ正しい。

「……」

ヴィルフレートは鋼の猟犬そのものの佇まいで表情一つ変わりはしない。
だが内面はそうもいかない。
このナシャ・パベーダが……妹が遺した、妹の部隊が……
憤激の滲んだ声を発する前に機先を制したのは、またしてもニコライ隊長

「だが飽く迄『理想形の一種』だ。理想とは一つではない。
 元々、アンネリーゼ君がナシャ・パベーダに求めた理想は、
 『モートなんとか』や大統領の其れとは違っていてね……」

「……あいつの、理想?」

純粋な疑問符だけを浮かべ首を傾げる。

「やれやれ……
 君は兵隊としては極めて優秀だが、兄としては決して褒められたものでは……」
《ゲート発生! ゲート発生!
 ハーデース上空への転送を確認!
 繰り返す!
 ハーデース上空への転送を確認!》

ニコライ隊長の言葉を、けたたましい警報が遮った。
S-TAの持つ『空間転送』という攻撃手段は、各国を恐怖に陥れていた。
何も無い空間から突如として現れる敵兵、機動兵器、ミサイル。防御も何もあったものではない。
知覚系の能力者を抱え込むことで対策を講じてはいるが、
精度の難は如何ともし難く、実用化には更なる時間が必要とされた。
だがロシアに関しては他国と聊か事情が異なる。
匿名の……恐らくS-TAを裏切った人間による暴露……
これによって、S-TAが各国に予め設置していた『転送基地』の存在をロシアは一足早く掴んでいたのだ。
其の情報があったからこそ、S-TAによるモスクワ攻撃作戦を未然に防ぐ事が出来たばかりか、
占領した転送基地から奪取した情報でもって未知の結晶技術を多数獲得していた。
無論、ロシアはこれを最高機密とし、自国で独占した。
余所の国が転送基地の捜索に躍起になっている間にロシアは更なる研究を重ね、
S-TAを滅ぼした後の世界を主導する事になる。そう夢想して。

《ナシャ・パベーダ! 出撃せよ!
 S-TAが何をしようとも、お前達には敵わない事を思い知らせてやれ!
 祖国ロシアに勝利の栄光を!》

「「了解」」
こうなると切り替えは早いものだ。
戦士の顔に早変わりしたヴィルフレートとニコライ隊長は即座に武装車両へと分乗し仲間達との合流を急ぐ。

 

 

パーティー会場の上空に放電。但し紫電ではなく闇色。
この闇色の放電こそ、S-TAが行う転送の前触れである事は既にナシャ・パベーダの全員が知っている。
酒瓶を放り捨て、テーブルを倒し即席のバリケードを拵える。やや守りの姿勢。
念の為に携帯して来た武器では心許ないというのもあるが、
闇の放電から何が出て来るのか解らないという点を警戒している。
ガトリングの弾丸くらいならまだ可愛げもある。最悪はアルファベット兵器を使われた場合だ。

「ちっ……この辺に転送基地は無かった筈だが」

「そーだね。でも前例が無い訳じゃないよ。
 S-TAの転送システムじゃなくて……結晶能力で転送を行える奴でしょ、これ」

其のレゼフェイの推察は果たして的中していた。
何が来ようとも迎撃ないし回避できるように、黙々とナシャ・パベーダが態勢を整える中、
放電は黒い球体を生じさせ、其の中から巨大な機甲の異形がひり出て来る。
エウリュメドーン内でナシャ・パベーダが一蹴した戦闘兵器『ステュムパーロスの鳥』と似たフォルムながらも、
其の巨大さは丸で比較にならない。沈没したエウリュメドーンにも匹敵する。
「……地下司令部との通信途絶」

「やはり『アルゴス』か」
広範囲に渡る強力なジャミング能力を持つ空中要塞アルゴス。
尾羽を半開きにした首の無い孔雀……そう表現しても良いであろう、この巨大な空中要塞は、
エウリュメドーンと同様、S-TAが占領してギリシャ首都を防衛していた筈なのだ。
「此処に来ているという事は、
 現在の首都はガラ空きになっているんじゃないのか?」

「……首都に攻め入る好機だが……」

通信を絶たれ、大地に広がる影に呑まれながらも平然と、戦略的な観点でものを見るナシャ・パベーダ。
併し、アルゴス単騎で来たところで、やれる事は高が知れている。

「確か、あのデカブツ……バンカーバスターがあったよな? やばくね?」

「いや、ハーデース落としは無理でしょ。二、三階層焼いて終わりだよ。
 其れに、この高度じゃアルゴスまで無事じゃすまない」

不可解なのはアルゴスが徐々に高度を落として来ている事だ。
まるで攻撃してくれと言わんばかりで、運用の意図が解らない。
警戒する一同を他所に、アルゴス艦橋の壁面がスライドし、2人分の人影が姿を見せる。
これ見よがしにアルゴスを持ち出しておきながらエアボーン? 白兵戦でもするのか?
そう困惑を滲ませながらも銃の照準は2人の脳天に向けられたまま微動だにしない。
2人の影がアルゴスから飛び降りた際にも変わらず常に照準を維持したままなのは、
日々の鍛錬の賜物な訳だが……流石に2人が難なく着地する様子を見ては、そうもいかない。
接地の瞬間に魔導の反応。衝撃を完全に相殺した其の手腕には一切の無駄が無い。
高レベルの魔術師であると判断し、大規模な破壊魔法を警戒するナシャ・パベーダ。
狙撃手達は強力な魔法防壁を想定して、普段は採算が合わないという理由で使用されていない高価な対魔導弾を装填しなおす。
瞬く間に、準備を終えて再び攻撃態勢維持。
再び照準を付けられた顔は、多くの皺が刻まれた老女。
そして、もう片方は軍服の少女。いや、まだ少女と呼ぶのも憚られるような幼女と言ってよい年頃であった。
脳天を赤いレーザーポインターで射抜かれたまま年不相応の冷たい眼差しでナシャ・パベーダを逆に射抜き返している。

「……」

このままS-TAの2人を射殺するのは……恐らく容易い。
だが其の後のアルゴスの動きや、相手が先制攻撃して来ない点から、
戦闘以外の何らかの意図がある可能性を考慮。併し、このままでは埒が明かない。

「……俺が行く」

ビルクレイダ隊員だ。
敵性集団の未知の相手、しかも相当の手練の前まで行って詰問……
危険極まりない命知らずな話だが、其れでも誰かがやらねばならない。
ナシャ・パベーダの中で其れを恐れる者など誰一人としていはしないが、
総合的な戦闘経験、耐久力、機動力、防御用結晶能力、部隊に於ける重要度の低さを勘案し、
ビルクレイダは自分が適任であると判断したのだ。
他の隊員達も其れを察して一言も挟まないまま黙々とビルクレイダのフォローに回る。

「さて、何から聞いたもんかね」

包囲から一人突出。
ビルクレイダは可能な限り心の平静を保ちつつ、相手を刺激しないよう歩みを進める。
頭上で対空したままでいるアルゴスの重々しい駆動音に包まれる中、
やおら幼女が静かに口を開いた。

「貴様がヘカトンケイルか?」

鋭い目つきに違わぬ、威風堂々とした口調には、
或る種の貫禄さえ宿っている。
能力者を見かけで判断する愚かさは重々承知していた筈だが、
其れでも此処まで幼い手合いは珍しく、ついビルクレイダも必要以上に身を固くしていた。
解す為に努めて普段よりも軽い調子で相手に返す。

「グレキの連中は、そう呼んでるみてぇだな。神話の怪物だったか?
 まぁ、俺様の名前にも響きが似てるし、悪かねぇからそいつで良いぜ。
 で、アンタらは? ああ……S-TAの人間ってのは見りゃ解る」

「……私はS-TA右将軍ゼノキラである!
 非能力者軍のニコライ・テネブラーニン殿にお目通り願いたい!
 平和的かつ友好的な対話の場を希望する!」

緊張を解すどころではない。
幼女の名乗りはビルクレイダどころか其の場のナシャ・パベーダ全員の度肝を抜いていた。

「……マジか? ゼノキラ?
 ってーと、お前が噂の『S-TAの魔女』か?」

第三次世界大戦の始まりを告げたのはギリシャ。
ギリシャで勃発した大規模な宗教的かつ過激な能力者排斥運動『メトディオスの行進』により大量の暴徒が発生、
特殊部隊『聖ント』の一部による鎮圧作戦が展開されたが、
この際、聖ントの隊員数名が『魔女』に魅入られた。
名前も姿もハッキリしていないが、地元で八姉妹として崇拝されていた女だったらしく、
彼女を確保した聖ント達が突如として暴走。
ギリシャの制止命令を無視し、ラミア市で行進中だったメトディオス修道院長ら非能力者暴徒を皆殺しにした。
これからは情報が錯綜し、不明瞭な情報しか出回らなかった。
ただハッキリしている事実としては、
暴走した聖ントを鎮圧すべく聖ント指揮官アテナが残りの聖ント達を率いて出撃。
謎の魔女が率いる軍団が到来。聖ントと魔女の戦闘。ラミア市の消滅。魔女は聖ントから逃亡。
聖ントおよび指揮官アテナが行方不明となる。魔女の軍団がギリシャ首都を包囲。
ギリシャ軍の出動と敗退。そしてギリシャ政府の降伏宣言、ギリシャ占領。
聖ントと最初の『魔女』の接触から半日もしない内に、
ギリシャは突如現れた謎の武装集団によって占領されてしまったのだ。
そして武装集団は南極の能力者国家S-TAを名乗り、非能力者に宣戦布告。
ギリシャに端を発した一連の事件の顛末こそが第三次世界大戦の始まり……
発端となった『魔女』と『S-TAを率いた魔女』は民衆には半ば混同されているが、
後者の魔女は『ゼノキラ様』と呼ばれていた事がギリシャ軍の残党によって確認されている。
まさかギリシャ陥落の原因である魔女その人が直々に現れようとは。
珍しく副長ミハイルまでもが目を剥く。そして其の肩を背後から軽く叩かれ、
バネ仕掛けの人形のように背後を振り向こうとして首を横へやったところ……頬に指。
隣に忍び寄っていたニコライ隊長であった。そして間髪入れずミハイルの其の顔を携帯端末で撮影。
「に、ニコライ隊長……!?」
珍しい絵が撮れたと言わんばかりの笑みを浮かべ、次の瞬間には表情を整えゼノキラへと向き直る。
「ふぅむ? S-TAの将軍が直々にね。
 だが我々にケルベロスのパンを用意しても無駄というものだ」
ロシアではなくナシャ・パベーダ隊長との交渉……
この幼女が何らかの裏取引を求めていると看做して一蹴するニコライ。だが……

「……宗太郎から話は聞いている」
ゼノキラの一言。其れでニコライは彼女の背後を察した。

「ニコライ殿は知るべきだ。
 そんな貴方々に饗されるパンがどのようなものなのか。
 混ぜられているのはヒュプノスの角液でもアリスタイオスの甘味でもない。
 一族に関する重大な話だ」

沈思黙考。やがて溜息を吐いてニコライが呟く。
「……ハーデース、御誂え向きかな?
 君の話とやらがムネーモシュネー(記憶)の泉である事を願っているよ」
執筆者…is-lies

  2400年某日
  戦地の片隅にて

 

――酷い悪臭が、漂っていた。
零れ落ちた臓物と撒き散らされた血液から立ち昇る鉄臭さ。
下品な呻きと悲痛な呻き、肉同士を打ち付ける音と共に混ざり滴る汗と体液の生臭さ。
生温く暖められた空気がそれを助長する。

 女達が、泣き叫びながら男達に玩ばれている。
2人の少女が、その母が、幾人もの男に群がられ、嬲られている。
その脇には父親が四肢を撃ち抜かれ腹を切り裂かれた無残な姿で転がっている。
少女達の目に光はなく、涙と微かな呻きを漏らすのみ。
母親は幾度も子供達だけは、と懇願するも、男達がそんな願いを聞き入れる訳もなく、己を獣欲を満たすことに没頭する。
悲劇である。地獄である、が、今の――第3次世界大戦の混沌の下にある世界にあってはありふれた地獄で、悲劇である。

 しかし、そんな家族の有様を見せつけられている少年にとっては、そんなことは何の慰めにもならない。
手足は縛られ、猿轡を噛まされ、背中から軍靴で押さえつけられているが、
それがどうしたと言わんばかりに藻掻き躙って拘束を抜け出さんとする。
殴りつけられ腫れあがった顔は激情で真赤に染まり、
口は噛まされた猿轡を噛み千切らんばかりに噛み締められている。
そんな様子を、彼を足蹴にしている銀髪の男――ヴァルカレスタ・フィンダムは嘲りの色を浮かべながら見下ろしていた。

 「悔しいか、ボウズ? 悔しいよなあ?
 父親はボロクズのように殺されて、母親と妹達は俺の部下共の玩具。
 だがなあボウズ、それもこれもお前らが――お前が弱いのが悪いのさ。弱肉強食って奴だ。判るか」
  部下の蛮行を至って冷静に眺めるヴァルカレスタを、少年は射殺さんとばかりの視線をもって睨みつける。
 「力がないからあんな馬鹿共にいいようにされる。
 弱い生き物は繁殖しなけりゃあっという間に滅んじまうからな。
 隙あらばああいう風にみっともない姿を晒してでも生殖行為に励んじまうのさ、俺は違うがね」

――コイツのXXはオレが先だピナー!! 手前はそっちの中古でも相手にしてやがれ!!
――エイフ、このピザ野郎が!! ナマスに斬り刻まれてえか、アアン!?
――黙りなさいキヴルス!! 貴方の様な短慮な力馬鹿ではすぐに壊してしまうでしょうが!!

  醜い。浅ましい。聞くに堪えない。
半裸で下半身を露出させた男達が息を荒げながら言い争う様は、人間というより畜生のそれである。
しかしそんな人非人共に父は殺され、母と妹達は汚されている。無意識の内に少年の目尻から悔し涙が流れ出す。

「だがまあ、そろそろ飽き飽きだ。お前もそうだろう。――だから、よ」
 ヴァルカレスタの身体から霧のようなものが立ち昇り始め、少年の身体を包み込み始める。
――瞬間、少年の全身に怖気が走った。これは駄目だ。そう本能的に理解する。
今まで折れそうな心を怒りや虚勢、反抗心で表面上は取り繕ってきたが、
これは気構えや心の持ちようだとかでどうこう出来るレベルを超えている。
何が待ち受けるかは判らないが、確実に折られてしまう。

  そんな少年の小さな変化に目ざとく気付いたヴァルカレスタはにい、と笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「おお、判るのか。ガキながら冴えてやがる。出会い方が違えば一流に仕込んでやっても良かったぐらいだ。
 ――ボウズ、お前にゃちょっと実験台になってもらう。
 こちとらまだ覚えたての能力でな、勝手を知るには試行錯誤が必要なのよ。
 ああして見苦しい乱交パーティなんざ見せたのもその一環だ。
 まあアレだ――餌になれや、この俺の」 
 始めは絶叫しながらのたうち回り、しばらくして呻き始め、最後は仰向けに倒れ微動だにしない。
溢れる涙は止め処なく、見開かれた目は焦点があっておらず、何かを見ているかどうかすらも怪しい。
そんな"実験結果"を横目に、ヴァルカレスタは、"後始末"が済んだ部下達がこちらに集まってくるのを待っていた。
「どうでしたかい、ボス。こっちは久しぶりにブッ放せて実に清々しい気分ですがね」
「ぼちぼちってトコだな。この通りアッチ側にイッちまってやがる。
 この威力を戦闘中に出せるたァ思えねえが、まあ雑魚共を散らすくらいなら訳ないだろう。
 『悪夢の鳥籠』。もう感覚は掴んだ。あと何回かやりゃあ完全にモノに出来る」
 黒髪をドレッドロックスにした黒人の部下――ラシャトゥ・ベぺの問いに答える。

 ――『悪夢の鳥籠』。
つい先日、発現したばかりのヴァルカレスタの能力であり、少年を包んだ霧の正体である。
霧状の粒子で包み込んだ相手の精神をゆさぶり、不安や恐怖といった負の感情を基にした幻覚による恐慌状態に叩き落とすというものであったが、
覚えたての能力を使いこなすのは歴戦の戦士たるヴァルカレスタでも至難の業であり、能力の把握と習熟のため、こうした"実験"を重ねていた。
最初の内は一瞬相手を怯ませるだけであったが、回数を重ねる内、こうしてヒト一人を廃人に追い込める程にまで馴染んできている。
ヴァルカレスタ自身が言ったように、完全に能力を制御下に置く日もそう遠くないだろう。

 「そりゃあ結構なこって。んで、このガキはどうするんです? 殺っちまいますかい?」
逆立った金髪に赤い狼の刺青を顔に入れた男――キヴルス・ベサが倒れたままの少年の方を顎でしゃくりながら言う。
その手にはナイフが握られ、脚は癖である貧乏ゆすりを始めている。ヴァルカレスタの前でなければそのまま殺しにかかっていただろう。
「いや待て、そいつも中々良さそうじゃねえか、マグロなのはアレだがちょっと味見ぐらい……ブフッ」
そんなキヴルスを手で制し、気持ち悪い笑いを浮かべるのはエイフラー・バンズラッチ。丸々と肥え太った体躯に、清潔感の欠片もない濃い顎鬚を生やした男である。
その目は先程の蛮行を経てなお、獣欲で滾っているのが一目で判る。
これにはヴァルカレスタもゲンナリとした表情を浮かべる。
「……少しは節制というものを知ったらどうです、エイフ?」
エイフラーの横に立つ長身の神経質そうな男――ピナモク・ハサモクも同感だったのだろう、深いため息と共に呟く。
「……ピナーの言う通りだ、エイフ。こちとら時間をやりくりしてお前らにレクリエーションを提供してやってるんだ。少しは我慢ってモンを――」
知れ、と続けようとした矢先、その表情が一気に険しさを増し、部屋の入口へと視線が向けられる。
いつの間に手にしたのか、その手には大槍が握られていた。
一瞬遅れてラシャトゥが、数瞬遅れてキヴルス、ピナモクが、最後にエイフラーを始めとする兵士達が弾かれるように反応し、戦闘態勢を取る。 
執筆者…鋭殻様

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