さんぷる

 

 

  旧イラク領、バビロニア共和国。

 

アッラーアクバル(アッラーは偉大なり)。
アッラーとはイスラム圏に於ける偉大なる唯一絶対の神を指す言葉だが、
其の名は第一聖典アル=クルアーンで羅列された、偉大なる神を讃える99もの名の一つに過ぎない。
そして其の99の名は……人間が口にする事を許されたものであり、
最も偉大なる名は、卑しく穢れた人間風情が罷り間違っても口にする事が無いよう人間に知らされてはいないという。
地に頭を擦り付け己の身の程を弁え誠心誠意を以って神に仕える。
其の純真さ敬虔さこそ宗教にとって何よりも大事であり……最大の問題点でもある。
先の99の名にせよ、アッラーこそが最も偉大なる名として他に99の名があるという解釈や、
99以上ある解釈、他の最も偉大なる名を示した解釈もある。
複数の異なる解釈の真実に晒された、純真で敬虔な信徒達がどうなるのか……
其の一例が此処にあった。

「よし、包囲はするな。所詮傭兵……逃げられると思わせておけば容易く瓦解していく。
 ふふふ……ムシュリキーン共は恐怖に恐れ戦いているだろう」

バビロニア共和国を独裁しているフセイン一族の一員であり、
軍の大佐である美青年ガルマ・フセインが、ザクロジュースを片手に指揮を執る。
このように彼等はムシュリキーン(並び立てる者)を相手に日夜戦っている。
……もう誰が何を言っても仕様の無い事だが、
そもそもムスリムの本来的な『敵』ムシュリキーンとは『並べ立てる者』の意であり、
即ち『神と並べて偶像を拝む者』の事を指す。
『多神教徒』や『異教徒』などという意味は元々無かった。
そもそもイスラム教とユダヤ教の根は同じ。
ユダヤ教からキリストの教えが生まれた610年後、イスラム教が派生した。
詰まり其の神話は似ているどころではない。
イスラムの第一聖典アル=クルアーンは正しく旧約聖書のリメイクなのだ。
異なるのは『真の救い主』。
キリスト教は開祖イエス・キリストこそが救世主。
イスラム教は開祖ムハンマドこそが最後にして最大の預言者。
其れ以前は前座。イーサー(イエス)も偉大だけど前座。
未だに一預言者に過ぎないイーサーを崇拝する連中や、
明確なる最高の預言者ムハンマドの言葉を信じずマフディー(メシア)到来を望む連中も異端に過ぎない。
教義を守る為に先鋭化し、あれも敵。これも敵と拡大解釈を続け、
遂には特撮ヒーローや黄色い鼠までをも偶像崇拝と見做すに至り、
神と預言者以外の外来物には、
崇拝どころか憧れの念を抱く事さえもタブー即断即決即死刑とするイスラム馬鹿集団が誕生していた。
はじめ聖典アル=クルアーンが説いていたのは自己責任。
不信者は放っておけ。ツケは死後の裁きにより支払う事になるだろう……
其の辿り着いた境地が、この現在だというのだから報われない。

 

其れはエンパイリアンが『流れ』故に教義を変質させ別物と化したのと全く同じ。

 

では、この地域の三つ巴を成す最後の一つである新生国連軍は?

 

「中々上手くやっているようですね」

「姉上!」

余裕に崩した佇まいを直し、深沈と座すガルマ。
彼が尊敬・敬愛する姉であり軍人の模範と信ずる女傑が悠然と其の場に現われていた。
全身にフィットした紫色のボディースーツは顔の鼻までを覆い、白色のヘジャブを被っている為、
肌を露出させているのは目元のみとなる。
ガルマと同じく異教徒に対する憎悪を孕んだ鋭い眼光は、
併し若さと熱意を含むガルマの其れとは異なり、
見る者を……たとえ肉親であっても震え上がらせる冷徹さに満ち満ちている。
彼女こそがバビロニア突撃機動軍の司令であり、フセイン一族の長女キシリア・フセインであった。

「馬鹿な傭兵達が仲間割れしておりましてね。
 これは千載一遇の好機と……」

「併し拙速でした。
 御覧なさい。オアシスです」

キシリアの言葉を受け、すぐさまガルマが双眼鏡で戦地を確認……
するとオアシスの周囲に集まる傭兵達の姿があった。
イスラームの教えにも水で手を清めるという習慣があるにはあるが、
この状況で水垢離かなどと考える筈もなし。
傭兵達が魔法やらで炎々と燃え盛る灼熱の業火を放ち、
蒸散したオアシスの水が大量の水蒸気と化して周囲に広がっていくではないか。

「……これを想定していたとでもいうのか」

バビロニアの軍用フウイヌム『シェズ』の標準装備である口腔レーザー砲は、
結局のところ、収束された光に過ぎない。
水蒸気で拡散されてしまえば人体を害する程の威力は残らない。
流石にガンガル級の出力さえあれば話は別だが、傭兵達にとっては其れで十分。

「おらおら! 小童ぁ〜!
 少しは使える所を見せてみンさい!」

「くそ……この場を切り抜けたら憶えてやがれよ……!」

哀れ。
この年から将来の三下ネタキャラ枠の素地を遺憾なく発揮し、
炎を纏った剣を振り回してオアシスを水蒸気で満たすアリオスト少年。
だが流石に場数を踏んだ傭兵。金の為に戮力協心。一糸乱れぬ展開。
水蒸気を目隠し兼防壁として一方的にバビロニア先鋒を次々と駆逐。
空で飛び回っていたガンガルも苦戦を強いられ一機、また一機と撃墜されていく。
櫛の歯が欠けていくようにバビロニア軍の被害は広がるばかり。

「あ、姉上……申し訳ありません」

双眼鏡を持った手をだらりと垂らし、
蝶番が錆びた扉が鳴らす小気味の悪い擬音がしそうな感じで振り返るガルマ・フセイン。
だがキシリア・フセインは今尚冷静。
恐怖に怯えるでもなく、悲嘆に沈むでもなく、憤怒に猛るでもなく、
只管に冷えた視線で戦場を睥睨している。

「敵の傭兵共が我々の心理も視野に入れて作戦を立てたのでしょう。
 仲間割れも恐らくは偽装……!」

考え過ぎですキシリアさん。

「併し……それだけの大物でもあるという事。
 今、此処で奴等を仕留める事が出来れば問題ありません」

キシリアが手にした通信機に短く呟く。

「総員、出撃せよ」

同時に強風。
否、ガルマ達の上空を何かが超高速で飛び去っていった。
強烈な砂煙と風切り音を其の場に残し、推進剤の眩い閃光がオアシスに向かって点となって行くのを見て、
ごくりと生唾を飲み込みながらガルマがキシリアに問い掛ける。

「……姉上は、あの技術を……いや、『バステ博士』を何処で?
 私はあのようなもの……見た事も聞いた事も……」

ガルマが言葉を紡ぎ終えるより早く、
キシリアが立てた人差し指を彼の口へと向けて沈黙を促す。

「ふっ、知る必要などありません。
 アッラーのお恵みを疑ってはなりません。
 重要なのは、バステ博士が完成させた『かの兵器』が異教徒共を殲滅し、
 制空権を……空をイスラムのものとしてくれる。其れだけですよ。
 ……そう、あれらこそが我々の空の守護天使。
 名付けて……」
執筆者…is-lies

光の尾を引きながら迫る『それ』を最初に発見したのは、やはりネークェリーハだった。

「ちぃ、もう来やがったか! まだクルジスのガキを殺れてねぇが仕方ありません。
 総員退避ィ! 逃げろ逃げろォ!
 ノロマは置いてきますからテキトーに戦って殺されていなさい。
 私は其の隙に少しでも遠くに逃げます!」

先程までの好戦性は何処へやら。
撃ち落としたガンガルに向けて今まさにトドメを刺すべく構えていた携帯魔砲を放り捨て、
まだ何が起こっているか解らず立ち尽くす傭兵達を掻き分けて逃走。
傭兵達も一拍子遅れで事態を把握。ネークェリーハを追うよう走り出す。

「え? え?」

唯一、敵を全く知らなかったアリオスト少年だけが其の場に残る。
一体何が来たのかと、ネークェリーハ達が逃げた方とは逆……バビロニア領へと目を凝らすが、
其の光景を……アリオストは一瞬理解できなかった。
其れを適切に示す語彙は、残念な事にアリオスト少年の脳髄には収められていない。
空から迫る大群……
其れは解るが「では何が」と問われると、やはり答えに窮してしまう。
天使だの悪魔だのといった、
地球に『結晶』が齎される以前の旧世紀に於ける詩的な表現など浮かぶ筈もなし。
眼球から送り込まれてきた、この未知なる物体Xを脳が何とか咀嚼して正体を判別させようとする。

オレンジを食べたとして、脳が林檎だと判断すれば、当人にとっては林檎を食べたのと同じ事。
だが実際はオレンジが林檎になってくれる訳ではないし、栄養分も同じく。
プラシーボ効果を天に祈る他無い。
同様に、アリオストの脳が下した其の判断を、常識が幾ら「んな訳あるかい」と却下しようとしても、
実際に迫る危機の正体が変化するなどという事はないし、脅威も同じく。

結論。
状況。
ヒジャブやニカブやブルカ姿の少女達が、
機甲の翼と鎧を纏い、大群を成して空を飛んできたではないか。

「な、なななななな何だコイツらぁああああ!?」

目を見開き大口を開け何かテンパって絶叫するアリオスト。

「名付けて『IS(イスラミック・ストラトス)ッッ!!」

目を見開き大口を開け何かラリって絶叫するキシリアさん。

「アッラーアクバーーールっ!!」
「「「アッラーアクバーーールっ!!!!!」」」

とても現実のものとは思えないし、とても現実のものとは思いたくない。
だが目の前の現実はアリオストが納得する間など当然待ってくれるはずもなし。
アッラーアクバルの喊声を上げながら集団で突撃して来る空飛ぶムスリム少女達を前に、
あれだけ勇壮を体現してみせた傭兵団は脆くも総崩れとなってしまった。

アリオストは「女にゃ手は出せねぇ」とか強がり泣き叫びつつ逃亡。
其の先を走るネークェリーハも「とっ捕まえてヒン剥いてやりたいが」とか不満の色こそ声に滲み出させてはいるが、
彼我の実力差をよく理解しているのか、逃げ出す足は只管一直線に戦線離脱。2人して驚異のダバダバ走り2nd。
結局、このネークェリーハが一番賢かった。
常識や知識云々関係なく戦場で生き残る資質は間違いなく彼にこそあった。
そして彼ほど賢くなり切れなかった数人の傭兵が、
背後から追い縋るムスリム少女達の幼さから交戦を選択。
或いは逃げる時間稼ぎをしたかったのか、ムスリム少女(ムスリマ)達へと発泡。
IS(イスラミック・ストラトス)は、巨大な機械の鎧……パワードスーツのようなものではあるが、
よりにもよって搭乗者である少女達を守る前面装甲の類が一切ない。丸見えである。
傭兵達が「戦って勝てるのでは?」と考えたのも無理のない話だ。
如何に高性能な機体を纏おうとも、搭乗者を直接攻撃出来るのならば意味がない……
だが傭兵達の弾丸は、少女達の命はおろか其の近くに迫る事さえ許されなかった。
ISは限られた女性の能力者にしか扱えないという、珍妙な制約があるものの、
其の性能は一般的なガンガルをも凌駕する。
少女達の周囲に張り巡らされた防御障壁に阻まれ、傭兵達の攻撃は掠り傷一つ与えられない。
逆に少女達が構えた銃砲により傭兵達は一方的に殺戮されていく。
其処から放たれたのは弾丸でもなければ光線でもない。
石だ。
異教徒を石打ち(ラジム)で殺す為だけの武装であった。
一思いに一瞬で殺す事も可能であろうテクノロジーを得て尚……
……というよりは、圧倒的優位を得たからこその武器。
愚かで哀れな傭兵達は、たっぷりたっぷり時間を掛けて肉を打たれ骨を砕かれ恐怖と絶望と苦痛に塗れて、
苦しみのたうち回りながら、しかし掴む手も走る脚も見る目も罵る口さえも耕され、
芋虫のように身を捩らせる事しか出来ない。
其れは釣りの生き餌のようにIS達を引き付けて……ネークェリーハが期待した役割を果たす。
こうして愚かな数人の傭兵達が石を投げられて殺されている間に、
ネークェリーハ達はまんまと戦線離脱に成功したのだった。

 

 

「捕虜の処遇は、改宗が1。奴隷化が3。処刑が2です。はい。
 IS使いは全員無事ですが、ガンガルが4機、シェズ7体を損失。
 先鋒隊のムジャーヒディーン(戦士達)20余名が戦死しました」
紅い機体を駆るムスリマ『ジアル』がキシリアへと戦果を報告する。
このIS部隊の隊長でもある。
はじめ、イスラムは女性を兵士とは見做さなかった。
男であれば仮に非戦闘員であろうと殺す事は罪にならなかったが、
女であれば戦闘員であろうとも殺す事は許されなかった。
当時、女が戦場に出る事など殆ど無かったからだ。
だが世界が変わった。
女兵士の出現という現実に、イスラムは適合せねばならなかった。
結局、時代に即した変化を成さねば生き残れない。
そして女にしか起動出来ないという珍奇な兵器の為、自らも女を戦場に出す事になった。
其れを体現したIS部隊であるというのに、バビロニア共和国は自らをこう評して未来の展望を語ったのである。
我々はイスラムの伝統を忠実に護ってきた。これからも護っていくし、
ダール・アル=ハルブ(非イスラム世界)をダール・アル=イスラム(イスラム世界)に纏めるジハード(努力)を続けていく。
……何も、ISが初めてではない。
旧世紀に起きた女兵士の問題もそうだし、ハラーム(不浄)であり食さなかったチョウザメをハラール(浄)としたのもそう。
幾らでも変わる。でも変わらない。変わったと見做さない。よって変わっていない。
其れは純粋な神への信仰ではなく、
信仰する為の信仰であり、教義を維持するための信仰であり、また己が世界を維持する信仰だった。
聖典に綴られた文字ではなく、法学者の口から紡がれる言葉が信仰を創り上げる。
斯くして不変の真実たる聖典は……無限の解釈を許し、複数の異なる真実を醸成し、
正義を対立させ、幾らでもシスマ(宗教分裂)する。何度でもシスマする。いつまでもシスマする。
そして殺し合う。幾らでも何度でもいつまでも。
「何しているの?
 戻るわよ『ノビノ』
ジアルが声を掛けたのは同じIS使い部隊に所属する少女だ。
ノビノと呼ばれた青い機体を駆る其の少女は……アラブ系が大半であるバビロニア軍の中に於いて珍しくコーカソイド。
彼女は何処か茫洋とした眼差しで、死体だらけのオアシスを彷徨い歩いている。
「……うん。良い仕上がりだよね」
其れは隊長ジアルに向けられた言葉ではなく、
胸の内に満ちた想いが意図せず口から溢れ出た独り言だった。
「性別判定は相変わらずだけど、充分に実用可能だよ、これ。
 ちょっと興味出てきた……かな。『プロジェクトBNウェイレア』
白皙の面を上げて空を仰ぐ。
ノビノ(盲)などという偽名に似つかわしくない程、彼女は物事の先を見ていた。
執筆者…is-lies

Rel
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