さんぷる

 

 

  オーストラリア、ブリズベーン、パナフィール研究所ブリズベーン支所

 

《裏切り者を許すな! 背徳者に報いを!八姉妹イルフィーダを守れ!》

オーストラリアの結晶研究所……に偽装したS-TAの転送基地内部を強襲しているのは、
嘗てS-TAの誇る精鋭中の精鋭であった男、ドルヴァーン・ドラグスクだ。
結晶の影響によって生まれた亜人種なのではと噂されるほどの人間離れした膂力は、
槍の一振りで並み居るS-TA戦闘兵達を蹴散らしてしまう。

瞬く間に戦意喪失して逃げ出そうとする兵達を止めるべく、
館内放送で戦意を鼓舞しようと試みた司令室だったが、
元々S-TAの最精鋭として名の知れたドルヴァーンに対し干戈に訴える愚は、
当のS-TA兵達の方が誰よりも承知しており、敵前逃亡は一向に収まらない。
それどころか自ら進んで投降する者さえいる
そして追い打ちをかけるように基地外部からの支援射撃が、
なけなしの抵抗さえもズタボロにしていった。
ドルヴァーンを迎え入れたアメリカ特殊部隊フィアサム・クリッターによるものだ。

「グラム・ゴ―リー航空部隊は!?
 外のアメ公共を排除しろ!」
「もうとっくに壊滅しています!」

「南極ゴッド・ジラーは!?」
「解凍間に合いません!」
「急げ!すぐに出せ!」
「そんな……体が耐えられません!」
「構わん!」
「ウボァー!溶けちまった!早過ぎたんだ!」

本人達は必死なのだろうが、
慌てふためき最悪の状況に向かって皆で一直線に突き進む其のザマは、
控えめに言っても滑稽な喜劇そのものであった。

「くそがっ! もう終わりだ畜生!」

オペレーターの一人が声を荒げて立ち上がり、
頭に付けていたインカムを剥ぎ取り、モニターへと乱暴に叩き付けると、
周囲の目線も知った事かと、一目散に駆け出して部屋から逃げてしまう。

「……」

こうなれば、もう歯止めも何もない。
堰を切ったかのような流れで全員一丸となって蜘蛛の子と化す。
赤信号皆で渡れば怖くない。
自分もと走る男の肩に、ノロマな誰かがぶつかり、其の場に倒れた。

「ままま……待って……!
 お、置いて行かないでぇ……っ!」

倒れたノロマ……
其れは、この基地を預かる司令官・八姉妹イルフィーダであった。
……仮にこれが、八姉妹の他の誰かだったならば、
其の場の誰もが顔面蒼白になって平伏し、許しを乞おうとするだろう。
というか其れ以前に、此処まで恐慌を来たして逃亡などしていない。
詰まり……

「イルフィーダ!」
「放っとけ! そんな奴!」

彼女を唯一気に掛けた男も、
イルフィーダに対し、八姉妹としての敬意など甚だ持ち合わせてはおらず、
単に一同僚として呼びかけたに過ぎなかった。
だからタメ口。畏怖の欠片も無い。
結局、そんな男もこれ以上は危険と判断してイルフィーダを置いて逃げて行き、
イルフィーダは最期まで誰にも価値を認められない命として生の終わりを迎える事になった。

八姉妹イルフィーダ……
無能のイルフィーダ、足手纏いのイルフィーダ、置物イルフィーダ、
其れが彼女に対する周囲の評価であり、紛う事無き彼女の真実。
他の八姉妹達も、戦争の為に担がれた神輿ではあったが、
全員が其の超常的な力と類まれな才能、努力に裏打ちされた知識と知恵によって、
S-TAの民達から絶大な信頼を勝ち取っていた。
イルフィーダには其れが無い。
何も無い。
あるのは八姉妹の……
八姉妹登録に必要な素養。主に魔力。
そして……S-TA結成前に活躍したという名声のみ。
……其の名声とやらも、
現状の彼女の醜態を見続ければ……何かの間違いとしか思えないものであった。

警報が鳴り響く司令室に、
ぽつねんと放置されたイルフィーダは、
己の不甲斐無さと、これから敵兵が来るという絶望に涙ぐみ、
亀のように縮こまって、短く嗚咽の声を漏らすばかり。
戦おうという気概も無ければ、恐怖に震える脚は逃げる事も許さない。
そして時間だけが無為に過ぎて行き、来るべくして来るべき時が来た。

「八姉妹イルフィーダだな?」

「ひぃい!」

ドルヴァーン・ドラグスク……
元S-TAの最精鋭。
何を思ったか離反して非能力者側についた男の声に、
イルフィーダは返事をする事もできず、無様に丸まってより縮こまるのみ。
其れは目の前の恐怖から逃れようと、顔を地面に突っ込んで現実逃避に走るダチョウの俗説を彷彿とさせる。

「驚いたぞ。お前がS-TAの八姉妹になるなどとは。
 しかも私に何の相談も無く……
 挙句、私がS-TAに参加してからも何一つ接触が無かった。
 私が出した拝謁の要望も悉く無視したらしいな?
 どういう積りだ?」

がたがたと小刻みに振動するイルフィーダの肩に、
ドルヴァーンの武骨な手が添えられた。

「オーディア家が何を思ったかレム家の軍門に降り、
 レム家は当主マチルダをS-TAへ合流させた……
 ロシアのエンパイリアンは、お前らを除いて全員がS-TAに賛同してしまった。
 だというのにお前まで……
 答えろ。お前は何をしたかったんだ?」

ドルヴァーンが腕を引く。
非力なイルフィーダが抗えるはずも無く、無理矢理振り向かされる。
涙と鼻水と恐怖でぐしゃぐしゃになったイルフィーダの惨めな顔に……
だが、ドルヴァーンが見せたのは軽蔑や失望といった表情ではなかった。
其れは……
天地が引っ繰り返ったかのような困惑。
目の前のものが、脳で理解できる範疇の外にある事を悟った空虚。
自分が正体不明な何がしかによって踊らされたと理解した焦燥。

「……お前は……誰だ?」

ドルヴァーンの其の言葉が引き金となった。
イルフィーダの恐怖に引き攣った真っ青な顔が、
束の間、呆然と色を失い……続いてこれまでにない絶望に染まる。
背筋を強張らせて、奄々と息継ぎを始めた彼女の眼には、
もうドルヴァーンなど映ってはいない。
其の焦点の先には恐らく、彼女にしか見えない死神が映っている。

「な……何で?
 どういう事? わた、私が何を……」

八姉妹という椅子に座ってはいたが、
彼女は自分で其れを望んだ訳でもないし、座ったからと言って何が出来る訳でもない。
命令されて座った。
人形としての職分を全うした。
よって人形として終わるのは道理であった。
絶望の淵に立ったイルフィーダの口から……最後の絶叫が迸る。

「い……イルフィーダ様ァアア!!?」

そして女の頭が爆ぜた。

 

 





S-TAに於いて、八姉妹イルフィーダの死は全く話題にも上がらなかった。
ナシャ・パベーダやドルヴァーン、ディレイト、
そして何よりゼロ、ゴウ、エンド、リン、ミリアといった、
S-TAの戦力を上回る英雄達の参戦による度重なる敗北。
……S-TAはイルフィーダの死に目を向ける余裕などなかったのだ。

そして彼女は何も遺さなかった。
自分が、生まれた砌からイルフィーダという『主と同じ名』を付けられた、
ただの従者に過ぎないという事実さえも遺さなかった。

当然、彼女の本当の名前も遺りはしなかった。





 

 

「宗太郎、聞こえるか?」

《ああ、どうだった?》

「お前が言っていた『頭の中のタコ』だが、
 イルフィーダに仕込まれてたぞ」

《そうか。ソウル大学に引き続き……
 やはり何かいるな。
 S-TAの中に得体の知れない何者かが……我々を利用しようと。
 だが八姉妹イルフィーダにまでとは。
 ……怪しいのはイルフィーダを常日頃から奴隷扱いしていたマチルダ辺りか》

「そして此処にいたイルフィーダは……八姉妹だが、イルフィーダではなかった」

《どういう事だ?》

「別人だった。間違いない。
 ……私はロシアでイルフィーダ本人と会っている。
 モスクワのエンパイリアン……
 レイジア教の教主『エカチェリナ・アンドレーエヴナ・イルフィーダ』とな」
執筆者…is-lies

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